2005年12月30日

よいお年を

今年も残すところ、あと1日と9時間ほど。
様々なニュースが起き、メディアに報道され、そしていつの間にか忘れ去られた。

もちろん、いまだに多くの人々に衝撃を与えているニュースも多々ある。

JR福知山線脱線、小泉劇場、NHK不祥事、アスベスト健康被害、ライブドアVSフジテレビ、英同時多発テロ、中韓問題深刻化、地震・台風、米ハリケーン、普天間基地移転問題、新型インフルエンザ、広島女児殺害、栃木県女児殺害、京都学習塾生徒殺害、JR羽越線脱線……。
今年、いかに大きなニュースが多かったかが分かる。

その反面、嬉しいニュースや微笑ましいニュースもあった。

愛・地球博での経済効果、野口聡一さん宇宙で活躍、紀宮さま・黒田さんのご結婚……、
それから、宮里藍、浅田真央、朝青龍、琴欧州、千葉ロッテマリーンズ。

今年一年、ニュースに動かされた人々。人々がニュースを動かしたともいえる。
「来年こそは良いニュースばかりが…」と、今年もまた願ってはみるものの、その願いが叶えられたことは、一度もない。
悲しいかな、これが現実である。
しかし、その現実の中で私は生きていたい。
たとえ悲しいニュース、悲惨なニュースばかりが世に起きたとしても、私それらを採り上げて、自分なりの答えを模索してみたいと思う。
それは野次馬精神から来るものかもしれないが、実はそれでもいいと思っている。
要は、自分のやりたいことを、やりたいままに。
そして、ブログというのは、それが大いに出来るツールではないだろうか。

ずいぶんと偉そうなことを言ってきた。これも、匿名のなせる業か。
最後に、新年1日(日)午前10時00分放送『ザ・決断! あの一瞬!』(TX)が、それはそれは面白そうなものであることを付け加えておきたい。

勝手ながら、今回をもって年内最後の更新としたい。
それではみなさん、よいお年をお迎え下さい。
posted by Author at 15:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日日雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

年末の提案

2005年もあと4日。今年はまさに様々なことがあった。
このブログを始めてからまだ3か月も経っていないが、いつでも書くネタには困らないほどに、ことごとくニュースが起きてくれた。
月を経るごとに更新数が減り続けているのは、私の怠け癖によるところであると申し訳ない限りだが、
それでも、年末もいいところのこの12月27日にちょっとした私の「提案」をさせていただきたい。


靖国問題

一連の靖国問題で重要なのは、批判が中韓などの近隣諸国から起きているということだ。
かといって、では中韓の言うように参拝をやめよと言いたいわけではない。
中国について言えば、中国共産党の力を維持するために「抗日」ということで国民に一体化を促しているのは明白であり、
日本の国連常任理事国入りを阻む(阻む必要もなく不可能であるが…少なくとも現在の所)狙いも見えており、
今さらになってこんな馬鹿馬鹿しい問題を掘り起こし、外交問題にまで発展させているお騒がせなところである。
安倍官房長官の言うような「靖国参拝は首相の責務」とまでは思えないが、いち神社の参拝は、たとえ首相であっても、信教の自由に保障されるべきだ。
靖国参拝を公約とし、参拝を望む首相が、靖国参拝を中止すべきだと考えるのは、国内世論が変動したときのみでなればならない。
断じて他国のお言葉によって態度を変えるべきではない。
では、国内世論が変わるとはどういうことか。
簡単に言えば、靖国神社に祀られているA級戦犯(この言い方にも問題があるが)をも「戦争の被害者」に含むべきかどうかという議論にあるだろう。
A級戦犯の遺族らの意見はいったん無視し、分祀」という行動を起こそうとしても、靖国神社側がそれを許さない。
先日、小泉内閣では国立追悼施設建設費を予算に計上しないとの基本姿勢を政府は出したばかりだが、
しかし、国内の意見をまとめるには「無宗教の国立追悼施設」建設が最もふさわしいのではないだろうかと、私は思っている。
とはいえ、(もう一度言うが)あくまでもこれらを検討するのは他国の言動によってではなく、世論がそれを望んだときのことでなければならない。


警察匿名判断問題

猪口邦子少子化担当大臣を中心に政府の検討会がまとめた「犯罪被害者等基本計画案」に、
被害者の氏名を実名発表するか匿名発表するかといった判断を警察に委ねるとした項目が盛り込まれた。
それに、田原総一朗氏らジャーナリスト、ニュースキャスターなどが反発、
警察の捜査ミスや捜査怠慢を円滑化させる可能性があると訴えている問題である。
簡単に私の提案をさせてもらうと、まず、被害者を実名発表しないことはありえない。はじめの段続で、被害者の実名と事件概要について発表をすべきである。
そして、その後一定期間(2,3日〜1週間)おきに被害者の遺族・家族らに「今後も実名を公表すべきか否か」を警察側がいちいち選択してもらう、というかたちをとるのがよいかと考える。
事件にショックを受ける家族らに選択をしつこく迫とは、いささか酷のような気もするが、警察側が家族側に出向き選択をしてもらというのは、
後の家族の精神面を考えても、きわめて妥当で、余裕の持てる方策ではなかろうか。


いささか持論が過ぎたかもしれないが、年末だということで許していただきたい。
12月中にもう1度ぐらい更新したいと思う。例の怠け癖が発動し、次回更新が1月にならなければよいが……。
posted by Author at 15:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日日雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

歴史的大勝、その後

早くも年の瀬である。
今年1年を振り返ると、なんといっても衝撃的だったのは「郵政解散」であった。
参議院で自らの党の議員に“裏切られた”小泉首相が行ったことは、首相だからこそできるものだった。
内閣総理大臣の特権、衆議院解散。
メディアも小泉首相の思惑通り動いてくれ、造反組VS刺客」の構図を描いてくれた。
自民党内での戦いが激しく、それを報じるだけで十分なのだから、そこに他党が入る余地などない。
造反組も、民主党も、改革抵抗勢力」「守旧派」のレッテルでひとくくりできた。
そして、あの歴史的な選挙戦大勝である。
自民の圧勝を「有権者(というより国民)が『勝ち組』志向であるから選挙戦での勝利が確実な自民党に入れた」(簡単に言えば、死票を投じたくはないという気持ち)
と論じた評論家もいたが、私は何もそういう社会的な風潮によることでなく、
ただ単に「郵政民営化」を支持した有権者が多かったということだと思う。
誰も現在の日本のかたちには満足できていなくて、行財政改革をしなければならないのはわかってる。
だったら、「法案に反対、改革に賛成」等と云う造反組や、灰色姿勢の民主党でなく、
30年以上郵政民営化に情熱を傾けてきた小泉首相に、もう1度チャンスを与えたい――と、
そういう気持ちを多くの有権者が持ったのだろうと、あれから3,4か月経った今になって思う。

ところで、小泉首相は「来年9月の自民党総裁任期満了、政界引退」を公言している。
首相の辞任の公言はかなり異例なことなのだが、いまだに「小泉首相がイベントに参加した」などのニュースが放送されるのもまた異例だ。
普通、首相が替わるというこの時期は、次の総理が誰になるか、そればかりが報道されるはずだ。
もちろん現在も「ポスト小泉」報道はなされているが、「ポスト小泉」候補の何人かの名前を挙げる程度の報道だ。
この程度の「ポスト小泉」報道であるのは、実際、来年の自民党総裁選がどうなるのか、誰が出るのか、それがまったくつかめていないからだろう。
そこで、私なりに、今の所の「ポスト小泉」予想をまとめてみた。

        総裁選  当選予想
安倍晋三  出馬    ◎
麻生太郎  出馬    △
谷垣禎一  出馬    △
福田康夫  不出馬    ×
竹中平蔵  不出馬    ×

竹中氏出馬説はここの所いわれているが、本人の意思からも、また党内からの期待や信望も薄いことからも、出馬は難しいと思われる。
しかし、「安倍総理」なら、(このままいけば)国民的(自民党員的)人気も高く、次の総裁に選ばれる可能性は以上5名の中で最も大きい。
2007年の参議院選挙でも、前原民主党に勝利することは十分可能だろう。

一体、次の自民党総裁が誰になるのか――。
もしかしたら、その総裁選の前に、何かひとつ小泉首相流の「イベント」があるかもしれない。
posted by Author at 15:23| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

小学生と“同等”な容疑者たち

それにしても、小学生を巻き込む事件が多い。
広島小1殺害事件、栃木小1殺害事件、長野小5行方不明、それに京都小6殺害事件である。
栃木と長野の2つのニュースの今後の展開はまったくもって分からないが、それにしても、尋常ではないニュースばかりだ。
「広島小1殺害」では、ヤギ・カルロス容疑者が「悪魔が体に」などという供述をしている。
「栃木小1殺害」では、犯人は女児の体中を刺し『失血死』させた。
「長野小5不明」では、「行方不明の男児に食事を与えた」と女が嘘の証言。
「京都小6殺害」では、塾講師が「以前からかわれたから」と包丁やハンマーで女児を殺害。
一体なにがどうなっているのか。信じられないようなニュースばかりである(だからこそ、ニュースとしての価値があるのだろうが)。
共通して言えると思うのは、弱さ。欲望に負け、理性を失った悲しき者たちの犯行だといえそうではないか。
「広島小1殺害」の容疑者は、以前祖国で犯した犯行の味を忘れることができなかったのではないか。
再び手を染め、さらに同じ供述をしているのは、まさに「悪魔」によるところなのかもしれない。ただ問題なのは、その「悪魔」が容疑者に内包していたことである。なにも言い訳などにはならないということだ。
「栃木小1殺害」では、犯人は女児を失血死をさせた。このことから、ある人が「弱さの現われ」だと表現していたが、まさしくその通りだろう。
小1女児相手になにも、体中を刺す必要などないのだ。いつ「死んだ」か。それが刺しても刺しても分からなかった犯人の理性を失った様が推測できる。
「長野小5不明」嘘の証言をした女は、「目立ちたかった」と話す一方で、マスコミが接触しないよう警察に要請しているという。
話が矛盾し、結局意味の無い、分からない行動をしている。もはや正気の沙汰とは思えず、操作撹乱に協力した格好だ。
「京都小6殺害」の容疑者の塾講師は、小6相手に恨みを持っていたという。
仕事による人間関係のトラブルは多々あるが、それを原因にして殺害をするなど、しかも小学生を相手にして殺害するなど、心理発達不十分も甚だしい。
どれもこれも、3人の容疑者1人の嘘の証言者は、幼稚で、想像力が欠如していて、幅が狭く、ガキっぽい。
だからこそ、小学生を、保護する」という立場からは見れずに、同等「対決」の相手として見ているのだろう。
「子供のままの大人」が多すぎる。これは、上に挙げた4人にだけ言えることではない。日本中で、こうなのだ。どこもかしこも、こうなのだ。
こういった「犯罪予備者」の検挙はさることながら、根本的な課題として、日本の教育システムそのものの正しい構築が迫られるのは言うまでもない。
posted by Author at 11:38| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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