2006年05月28日

「小沢の影」とは、どれほどのものか

9月に控える今回の自民党総裁選は、史上初の「外敵を意識した」総裁選だといわれている。
代表に就任し1か月半ほどが経った民主党の小沢一郎代表は、5年半の小泉改革によって離れていったかつての自民党支持団体、それに、「前原時代」に疎遠になった労働組合のトップなどと相次いで関係を持ち始めた。
「国民」という不特定多数の支持を得るために、それまでの支持団体を捨ててきた小泉純一郎首相。
小泉首相に捨てられて「怒り」を抱くようになった人々に急接近する小沢代表。
「税制改革」とも「靖国問題」ともいわれる「『ポスト小泉』の課題」だが、意外と大事になってくるのは「『壊したもの』の修復」だろう。
確かに、小泉首相は公約通り、自民党をぶっ壊した。そして、党内の「膿」を排除していった。
しかし、壊したことによって自民党を支える基盤が徐々に失われつつあるのも事実で、特にここ最近は農村部など地方での集票力が著しく低下してきている。
ここにうまく漬け込んで来ているのが、他ならぬ小沢一郎であり、ポスト小泉は必然的に「小沢の影」を意識せねばならなくなってきた。
だが、ここで考えなければならないのは、誰がポスト小泉になるにしろ、「小沢の影」は恐れる対象として、来年の参院選まで持続するのかどうか――ということである。
つまり、今でこそ、かつての自民党支持団体や労組などから持ち上げられ、千葉補選(自民・斉藤健候補VS民主・太田和美候補)でも辛勝した小沢民主党だが、その「人気」とでもいうべきものが参院選まで残るかどうか。
政局とは、概して、僅かな時間に大きく動くものだ。
考えてみれば細川政権も、「前原民主党」も、タイタニック号も、期待感いっぱいで船出したものだった。
それが、不備があっても強行に無理をしたから、失敗した。
今の民主党に、「不備」はないのか。
所属議員も、前原時代と変わっていないのだ。せいぜい永田寿康が議員職を辞職した程度だ。トップが変わったといって、一体どこまで変われるのか。
たしかに「『小沢代表』になって党が一本になった」(自民党・青木幹雄参院議員会長)かもしれない。しかし、それは、そう見えているだけではないのか。
もっと言えば、新進党が結党されたときも、小沢代表の下、「党がひとつにまとまっていた」のではないか。そして、今現在の民主党も、党内にさまざまな人が織り成す、さまざまな「矛盾」を抱えているのではないか。
「小沢の影」は、複雑な影だ。しかし、だからといって、その「影を作っているもの」が複雑だとは限らない。
posted by Author at 18:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

平塚5遺体 「一時停止」の危険性

ゴールデンウィークが明け、一週間余りが経ち、「五月病」なる言葉も聞こえてきそうな5月中旬。
ゴールデンウィーク中には、「平塚5遺体」事件のニュースが世間を騒がせた。
5遺体の内の子供と見られる3異体について、岡本千鶴子容疑者は「すべて自分の子供」と供述したそうだが、それが本当の事なのかどうなのか、それが分からない。
もしかしたら、千鶴子容疑者は精神鑑定を受ける必要性があるかもしれない、とも考えてしまう。
それにしても、いかにも「病理的」なニュースだと思わないだろうか。
腐乱した遺体が数多くある中で生活するということは、一体どういうことなのか。
「腹違いの兄妹」「再婚・離婚」などの複雑な人間関係、それに「20年以上前の長男失踪」など特異的な背景も絡まって、事態はさっぱりとは見えにくい。
言っていることが変わったり、あまり多くの事を話さない千鶴子容疑者から「新事実」が聞けるかどうかは難しいところだ。
よって、DNA鑑定など警察の今後の捜査で「新事実」が明らかになってくるのだろうが、一筋縄ではいかない事件であることは目に見えている。
慎重かつ迅速な捜査を期待したいところだが、ここ数日、メディアはこのニュースを扱わなくなってきている。
つまり、このニュースはもう過去のニュースとなっているのだ。
より新しく、より大きなニュースが存在しているのだから、それは仕方のないことだとは思う。
しかし、こうした現代日本人の病的な側面が見えてくる事件(私はそう思っている)において、その報道を「一時停止」させることは、現代人の抱える精神的な問題について考えることをも「一時停止」させることに繋がってしまうのではないかと思う。
日々流れ、日々消えゆくニュースの数々の一つひとつを、しっかりと自分の中で消化できるような場所が必要ではないだろうか。
私の怠け癖というか面倒くさがりのせいで、このブログは、そういう「場所」になれていないが、毎日更新されるようなニュースに関するブログやホームページなどは、実にそういう「場所」になりうる。
そういった意味では、インターネットというものは、たしかに社会に対して悪い影響を与えているかもしれないが、評価をそれだけに終わらせないために、自ら、それらニュースを「すくい出す」ツールにもなっている。

なんだか、話が色々な横道に逸れてしまった。
実は、今日はそもそも、「ポスト小泉レースの中で埋没しつつある麻生・谷垣両氏」について書こうと思っていたのだが……。
急に人の「書きたい」ことを変えてしまうのは、ブログの魔力とやらによるものか。
人生、そう思い通りにはいかないものだ。
これは久保竜彦選手にも言えることかもしれないし、それこそ「麻垣康三」にもいえることかもしれない。
というか、すべての人にとって言えることか…。
posted by Author at 19:52| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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