2006年10月26日

12人の“出戻り”ザムライ

非常に難しい問題だが、来夏を見据えて、避けて通れない問題でもある。
自民党における「郵政造反組」議員の“復党”問題だ。

<郵政造反組>12議員が自民復党へ 党内対立の懸念も

 安倍首相(自民党総裁)が郵政民営化造反組の無所属議員12人の復党を容認する意向を示したことを受け執行部は24日、具体的な調整に着手した。復党の基準や「大義名分」をどう示すかが焦点となる。小泉前首相が慎重論を唱えるなど、処理を誤れば党内対立を招きかねず、執行部は慎重なかじ取りを迫られそうだ。
(25日、毎日新聞)


「9月の首相指名で安倍晋三に投票した者は、安倍内閣を支持する人間だ。だから、“安倍自民党”において政治活動をすることが望ましい」というロジックのようだ。
政府・与党(安倍内閣・安倍自民党)に反発する野党である「国民新党」「日本新党」については、少なくとも今回での“復党”はない。
なお、首相指名で安倍首相に投票した無所属の造反組衆院議員は、以下の12名である。(カッコ内は選挙区)

・堀内光雄(山梨2)
・保坂 武(山梨3)
・野田聖子(岐阜1)
・古屋圭司(岐阜5)
・平沼赳夫(岡山3)
・山口俊一(徳島2)
・武田良太(福岡11)
・今村雅弘(佐賀2)
・保利耕輔(佐賀3)
・江藤 拓(宮崎2)
・古川禎久(宮崎3)
・森山 裕(鹿児島5)

この内、平沼氏以外の11名は、衆議院での2回目の郵政法案に関する採決では「賛成」に転じた議員である。
「落選組」については、自民党の片山虎之助参院幹事長が「現職議員を優先することはあってもいい」と述べるなど、現職組との“同時復党”は難しそうだ。

かくして12名の議員が“出戻って”来るわけだが、言うまでもなく、今回の“復党”の目的は、来年7月に控える参院選での“1人区”対策だ。
地元の有力衆院議員が参院選において全力で支援してくれる環境を整備するために、参院自民党が動いている。
ただ、当然、同じ選挙区に自民党議員(いわゆる“刺客”)を抱える議員も多く、選挙においてどのように折り合いをつけるかが焦点となりそうだ。

私個人としては、造反組の復党には反対だ。その理由は、1年ほど前にこのブログで書いた通りである。とはいえ、小泉純一郎氏が首相の座を去り、自民党の態勢が変化したのも事実だ。
非常に残念だが、今、もっとも現実的なのは、「まずは現職の造反組議員だけが“復党”」「無所属“落選組”の復党は参院選を過ぎてから」というものだろう。

一連の“復党”問題を作った張本人でもある、その小泉前首相はというと、参院選対策を目的としての“復党”をけん制している。

<郵政造反組>早期復党、小泉前首相が異論…参院選に逆効果

 自民党の小泉純一郎前首相は24日、国会内で武部勤前幹事長、山崎拓前副総裁と会い、郵政民営化造反組の復党問題について意見交換した。小泉氏は「参院(自民党)は間違っている。特定郵便局に頼って選挙をしようというのは逆効果。参院選に負けるぞ」と語り、造反組の早期復党に異論を唱えた。
(25日、毎日新聞)


この“小泉発言”を受けて、昨秋初当選した議員で構成する「83会」は、今日26日に総会を開き協議したとのことだ。
しかし、“復党”の流れは、止まりそうにない。
あと大事になってくるのは、国民世論の反発の声だ。「あの郵政解散、総選挙はなんだったのか」ということになる。
それこそ、小泉前首相の言うように、参院選を目的にしての復党だというのがバッチリ見えている現状では、“復党”がバッシングの種にしかならないのは目に見えている。

地元の有力衆院議員が応援したからといって、地方に住む有権者は、従順にその衆院議員の支持する参院議員候補に投票するものだろうか。
そこまで、地方在住者は馬鹿だというのだろうか。私はそう思わない。そう信じたい。

自民党にとって、造反組の復党は、普通に考えれば、あまりにデメリットが大きすぎるような気がする。こんな政党に政権を委ね続けてよいのか、という気がしてくる。
しかし、それでもこの政権をまかり通らせるのは、貧弱で恥知らずの野党にこそなせる業か。

プライドを捨てて自民党に舞い戻ってくるという、「12人の“出戻り”ザムライ」たちがどのような活動を自民党内でするのか、出来るのか。
「刺客」議員たちとの駆け引きも含めて、楽しみである。




(お知らせ)ご覧の通り、このブログは本日よりデザインをリニューアルしてみた。
近いうちに、また元のデザインに戻したり、他のデザインに変更したりする可能性が無きにしも非ずだが、“新生”日本東京を、これからも宜しくお願いしたい。
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2006年10月19日

森派が“衣替え” 町村氏は「立派な会長」になれるか

「やめる」と言っていたのは、本気だった。
所属議員86人を抱える、自民党の最大派閥・森派をめぐる話題である。

森派、町村派に衣替え 派閥総会で了承

 自民党の最大派閥、森派(86人)は19日昼の派閥総会で、会長の森喜朗元首相が退任し、後継会長に事務総長の町村信孝前外相が就任する人事を決めた。森派は「町村派」に衣替えする。
 森氏は「本日をもって辞任したい。(後継)会長に町村氏を推薦したい」と提案し、異論なく了承された。町村氏は「安倍政権はスタートしたばかりだが、しっかり支えて行かねばならない。足らざるところばかりだが、(会長として)努力していきたい」と応じた。
 森氏は9月21日の派閥会合で「私の派閥における任はだいたい終わったと思っている。遠くないうちに、新しい次の段階が来ると思う」と退任意向を示したが、派内に続投を望む意見があったため、調整が続いていた。
(19日=共同通信)


森―小泉―安倍と3代に渡って続く“森派政権”。
かねてより自民党内を牛耳ってきた田中派(平成研)の流れに反する、福田派(清和研)。
森喜朗氏が会長に就任し、もっとも多くの所属議員を抱える「党内主流派」となることを果たした。
昨年の総選挙後にも「派閥会長をやめる」と公言した森氏だが、あの時はしばらくして、発言を撤回。
今回も、「せめて来夏の参院選までは続投を」との声が根強く、てっきりそういう流れになるかと思ってみれば、森氏という人は、意外とあっさりである。

おそらく、「キングメーカー」森氏としては、安倍晋三氏が総理総裁になったこととバランスを取るかたちで、福田康夫元官房長官を派閥の会長に据えたかったに違いないだろう。
しかし、これを福田氏が固辞したので、中川秀直氏が党幹事長に就き派閥を離脱中の今、ならば残る駒は“無役”町村信孝しかないか――というのが、今回の町村氏指名・“衣替え”の真相ではないかと憶測する。
福田氏としても、総理の座を後輩に譲っておきながら、森氏の指名によって、派閥の長に納まるというのは居心地の悪い話だ。
会長を退いた森氏については、「一兵卒として新会長を支えたい」と述べているが、「名誉会長」とする案が浮上している。

個人的意見だが、私は、町村氏の政治理念や政策にはかねてから共鳴するし、保守主義を標榜する自民党らしい政治家の一人だと思う。
派閥会長就任が了承された後、町村氏は記者団の取材に応じ、「大変立派な会長の後だが、一生懸命、会員の皆様、安倍政権、国家のために一生懸命取り組む」と語った。

20世紀から21世紀にかけて、日本の政局の中心に居続けた、元内閣総理大臣、森喜朗。
町村氏の言う、「大変立派な会長」というのが、皮肉のように感じられるのは私だけではあるまい。
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2006年10月14日

そこまで「亀田の父」が恐いのか

ブログの更新を怠っている間に、北朝鮮は「核実験を実施し、成功した」と発表した。
地下核実験は成功したのか、失敗したのか、そもそも実施されたのか。
いずれにせよ、今回の北朝鮮の発表を受けた国際社会の反応は厳しいものとなりそうだ。
日本政府は、今回の北朝鮮情勢を「周辺事態」(地域の安全に重要な影響を与える事態)と認定し、日本独自で制裁を行うことに決まった。
国連安保理での制裁決議は、経済制裁のみを行う国連憲章第7章41条に限定したものとなるが、中露のこれまでとは違うやや強硬な姿勢をひきだせたことは、後々、金正日政権を締め付けることに成功するのではないか。
6ヶ国協議に参加しているはずの北朝鮮が、約束を守らない国、というかそもそも、約束の成立をなしえない国であるということがまさに明確化したわけだが、ひとまずは国際社会が一丸となって、強い姿勢を見せ付けるしかないだろう。


ところで、久々に彼らの話題である。

<ボクシング>亀田史郎トレーナーを厳重注意処分 乱闘騒動

 ボクシングの「亀田3兄弟」の二男、亀田大毅(17)=協栄=の試合(9月27日、東京・後楽園ホール)後に観客同士の乱闘騒ぎが起きたことに絡み、日本ボクシングコミッション(JBC)は13日、「騒動に加担しようとした、と誤解される行為があった」として、亀田大の父史郎トレーナー(41)を12日付で文書による厳重注意処分にしたと発表した。JBCや協栄ジムの調査で、JBCからセコンドやトレーナーなどのライセンスを受けた者で、乱闘に加担した者はいなかったという。
 史郎トレーナーは乱闘騒ぎの際、リング上から下に駆け降り、乱闘の輪に入ろうとして周りから制止された。安河内剛・JBC事務局長は、金平桂一郎・同ジム会長から「本人は『やめてほしい。何しているんだ』という気持ちで仲裁に入ろうとした」との釈明があったといい、処分について「乱闘に加担したとはみなされないので、JBC規定にある戒告以上の重い処分を科すのはバランスを欠く」と説明した。
 金平会長、史郎トレーナーらジム関係者4人の連名の謝罪文が11日にJBCに届いた。乱闘の原因や当事者について、安河内事務局長は「いろいろな証言があり、特定できなかった」。警視庁富坂署は今月5日に「けが人や目撃証言もなく、被害届もない」として捜査を打ち切ったという。【来住哲司】
(毎日新聞)


JBCの判断によれば、亀田史郎氏は「場外乱闘」を静止させるためにリング上から駆け降りた、とのことである。
そこまで正義感のある人物が、自らの子供たちを“最低限の敬語”すら使えないような人間に育ててしまったとは、なんとも残念な話だ。

JBCも、今になって何を恐れているというのだろうか。
こんな下らない“戒告”という懲罰もどきを出しているだけでは、結局、誰も得しない。強いて言えば、亀田氏の“損”が最低限に抑えられる程度だ。

正直言って、亀田ブランドは、胡散臭いイメージがまとわり付いている。
テレビ局も、亀田3兄弟には「勝って」もらうより、「負けて」もらうほうが望ましいのではないか。
「ギリギリ判定勝ち」というのはもう2度と使えない手であることだし、圧勝するにも、わざわざ弱い選手を相手に迎えねばならないのでは、またもや具志堅氏らからの批判は必至だ。

日本のメディアは移り身が早い。こうと決めたら、すぐ傾く。
「浪速乃闘犬→浪速の“負け犬”に」といった程度の見出しがスポーツ紙に載る日も近い…などといっては失礼に値するが、もうあと2,3年も「亀田」で引っ張れないことだけは確かだろう。



スポーツ界に加えて、芸能界でも面白い動きがあった。

KAT-TUN・赤西仁の語学習得のための無期限休業とは、なんとも苦笑モノだが、自戒も含めて、ここらで人生リスタートしていただきたい。まだ若すぎる年齢ではあるけれども。
今回の騒動は、どうやらジャニーズ事務所が赤西をやんわりと追放したかたちのようで、帰国後でのグループ復帰は、今の所、適いそうにはない。

押尾学の不倫デート(疑惑)については、言うことはない。「だから押尾はやめておけ」とあれ程言ったものを。そういえば、こちらは俳優業を“廃業”されていたのだった。これからも奥様と仲良くね。


<さらに余談>
『NEWS ZERO』(日本テレビ)が酷い。予想より酷い。
OPいきなり、B級ニュースばかりでフラッシュニュースをやるのには驚愕した。彼ら、彼女らにはトップニュースという概念がないのだ。
おそらく、ニュース番組・報道番組の基本を知らない人たちが作っている番組なのだろう。
申し訳ないが、どんなに「分かりやすいニュース番組を」と叫んでみても、これでは、単なる「幼稚な情報バラエティー(小学校低学年向け)」に過ぎない。もちろん、小学校低学年を馬鹿にしているわけではないが。
メインキャスターの村尾信尚氏も、なぜか「キャスター」になると変な喋り方になる。私は、あれほど日本語を喋りにくそうな日本人を、かつて見たことはない。
posted by Author at 23:41| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 亀田3兄弟/朝青龍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月09日

“ふー爺”藤井裕久氏の「最後の賭け」

きょうは祝日ということで、東京では、それにふさわしい雲一つない晴天が広がっている。
昨日は、丹羽・古賀派(一部メディアでは既に「古賀派」と表記)での内紛劇について書いたが、きょうは野党サイド、民主党の話題だ。
安倍政権発足に合わせるかのように、小沢一郎代表の入院、細野豪志衆院議員の女性キャスターとの不倫と、よろしくない事柄が続く。
政局の重要局面になると毎度毎度失敗をしでかす民主党を、私はかつて「神に嫌われているとしか思えない」と形容してみた。
きょう9日、毎日新聞朝刊に載った記事は、スキャンダルではないものの、いかにも“微妙”な、民主党に関するニュースであった。

<藤井元民主代表代行>政界復帰の考え明かす 繰り上げ当選

 政界引退を表明していた元民主党代表代行の藤井裕久氏(74)が8日、繰り上げ当選を引き受け、政界復帰する考えを明らかにした。同党は昨年9月の衆院選比例代表南関東ブロックで当選した長浜博行氏を来夏の参院選千葉選挙区に擁立する方針で、同ブロックに重複立候補し、次点だった藤井氏の去就に注目が集まっていた。
(毎日新聞)


最近では『時事放談』(TBS)に出演するなどして、高齢ということもあり、すっかり塩川正十郎氏や野中広務氏、松野頼三氏(故人)らと同じポジションを確立したかに見えた藤井氏だったが、どうやら季節外れの政界復帰ということである。
「何が何でも“数”を集めたい」小沢代表直々の、政界復帰への強い要請が存在しただろうことは、想像するまでもない。

藤井氏は、小沢代表がまだ表舞台には出てこなかった2004年の参院選において、小沢氏の側近として、岡田克也代表(当時)に幹事長に起用された。
起用の理由は、一つに、自由党時代での幹事長としての経験を買われてのものであったが、岡田氏と小沢氏の意思疎通を果たす“仲介役”としての役割を担わせるためであった。
とはいえ、藤井氏は単なる“翻訳機”として扱われることを良しとしているわけではない。
戦後間もない時期から激動の政界を歩み、大蔵相などを歴任。自民党を離れても、地味ではあるが、他に追随を許さない“隠れた豪腕”を振るってきた。
側近が次々と離れていくという小沢氏と歩調を合わし、信頼を得て、民主党と自由党の合併にも力を発揮した。
政局を見る目にも、確かなものがあった。旧来の自民党での金権政治を真の当たりにしてきた藤井氏にとっては、政局を読むことなど朝飯前だったのかもしれない。
民主党で幹事長になってからは、参院選において、当時の岡田代表に「(街頭演説などで)“ふー爺”と呼ばせてほしい」と頼まれたが固辞したという。
このエピソードからは、自身を玩具化させたパフォーマンスを好まない、藤井氏の頑固な姿勢が見える。

藤井氏には、政治家としての“現場”において蓄えられた能力があることは間違いない。
しかし、今、それを民主党は必要としているのだろうか。そもそも、藤井氏にこれから、何が出来るのだろうか。
高齢だから、ではない。「変わった」という小沢氏にとって“昔の人”は迷惑だから、でもない。
ただ一つ、大事なのは、藤井氏が2005年衆院選で落選したことにより、国会議員としての自身の政治家生活に終止符を打っていたという事実である。
だから、『時事放談』で、「内幕を暴露」というものではないにせよ、外野席から政局を、政治を語らうことが出来た。
比例名簿に自身の名前を残していたということは、まだ少し未練があったのだろうが、一度終止符を打ってみた自分が、ひょこひょこもと居た世界に舞い戻るだなんて、恥ずかしくはないのだろうか。
いや、“ふー爺”と呼ばれることを嫌う藤井氏のことだから、きっと恥じているに違いない。
それでも“再登板”せねばならない事情が民主党にはある。
民主党に復帰したところで、別に藤井氏は表立った活動をするわけでもないだろう。
小沢氏――というより現在の側近たちが、藤井氏の党中枢入りをあまり好ましいとは思わないかもしれない。
顧問、副代表などといったポストでの処遇ということになるだろう。
そして、ひとまずは来夏の参院選という“山”に向けて、政治家として登頂を始める。
その後の人生がどうなるかはまだ分からないにしても、長年付き合ってきた小沢氏の“最後の賭け”に付き合ってやろう――という気持ちが、藤井氏の心のどこかにあるのかもしれない。
政界復帰という決断は、藤井氏にとっても“最後の賭け”だ。
posted by Author at 11:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

丹羽・古賀派で起きた「クーデター」大作戦

5日、自民党の第3派閥である丹羽・古賀派は、党総務会長に就任した丹羽雄哉共同代表の派閥離脱に伴い、古賀誠共同代表を、単独の「会長」とすることを決定した。
形式上にも事実上にも「古賀派」への衣替えとなるが、丹羽氏が総会を欠席した中での「決定」について、派内の丹羽氏サイドは反発を強めている。

この日の丹羽・古賀派総会で、古賀氏の会長就任を提案したのは、古賀氏の側近・太田誠一元総務庁長官だった。
「この際、自然体で行くなら『古賀会長』ではどうか」。
この提案は拍手多数で了承されたが、鈴木俊一元環境相は「総会で決める形ではなく、1人1人に聞くべき。路線変更に繋がる話だ」と反論した。
しかし、古賀氏は「丹羽氏が総務会長を務めている間の暫定措置。我々の使命は常に政権中枢を目指し、影響力を行使することだ。現政権を支える」とかわした。

まさに、今回の「古賀会長」決定は、丹羽氏にとって自身へのクーデターである。
総会前、太田氏は丹羽氏に、総会で「古賀会長」を議題にすると、事実上の解任を伝えた。
これに丹羽氏は激怒し、太田氏を総務会長室に呼び出した。
「波風が立つような案を総会に出すのは、控えたほうがいい」。
太田氏は丹羽氏のこの忠告には従わず、総会の席で、古賀体制への衣替えを提案した。

丹羽・古賀派は安倍政権で総務会長に丹羽氏、厚生労働相に柳澤伯夫氏、官房長官に塩崎恭久氏、総務相に菅義偉氏と“優遇”されたが、彼らが優遇されたのは、いずれも「丹羽・古賀派だから」ではなく、もともと安倍晋三首相との関係が深かった議員や、「安倍支持」を早くから打ち出した議員だったからだ。
派として「安倍支持」でまとまったものの、政策的に「溝がある」などと公言した古賀氏らは“冷遇”されていたのが実情だった。
安倍首相と古賀氏の“溝”が原因で、丹羽・古賀派においても“溝”が出来ていたといえる。
派内の古賀グループは10人程度で、本来少数派だが、「古賀会長」が決定した背景には、丹羽氏が総務会長に就いたことで、派閥の総会に出席できないということがある。
「古賀会長」決定の結果を受けて、丹羽氏は記者団に「間違っているという感じがする」と語った。
総裁選後には、丹羽・古賀派、谷垣派、河野派の旧宮沢派の流れを汲む3派が合流する「大宏池会」構想が本格的に深まると見られていたが、今回の騒動でより混乱を深めそうだ。
党内には、派閥が分裂するのではないかという声もあるが、丹羽氏も古賀氏もそれぞれ統制力が弱いだけに、今のところ現実的な話ではない。

6日、古賀氏は、京都市内のパーティーで「批判のための批判ではなく、若い安倍首相が誤りのない方向で国の舵取りが出来るよう、私たちが役割を果たさなければならない」と述べ、安倍政権に協力する考えを示した。
首相と政策的にいくら“溝”があっても、非主流派にはなりたくない――というのがどうやら本音のようだ。

派閥そのものの求心力が低下する中で、派閥の会長に就くという形で、今なお表舞台への執着を捨てない古賀氏の一種の“熱意”には恐れ入るほどだ。
ただ、今回の「古賀会長」就任は、見方によっては、丹羽氏らが優遇されていく中で、「冷遇組」の居座る場所が弱体化した「派閥」にしか残されていなかった――ともいえる。
丹羽氏の総務会長就任で、古賀氏が事実上派閥を仕切ることは分かっていただけに、今回の騒動(あるいは「クーデター」)が政局全体に影響を与える可能性は低そうだが、古賀氏については、いずれ、安倍首相との「本当の距離」が鮮明化してくることだろう。
posted by Author at 09:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

TV報道は「分かりやすさ」から「下らなさ」の時代へ

TBSは、先月25日(月)から「筑紫哲也NEWS23」をリニューアルした。
番組の構成はほとんど変わらなく、せいぜいゲスト・コメンテーターを呼び込んだぐらいだが、キャスター陣が一新された。
草野満代、佐古忠彦両キャスターが降板し、サブキャスターには3月にNHKを退職した膳場貴子、新設のフィールドキャスターにはTBSラジオ「アクセス」のパーソナリティーだった山本モナを“新規参入”させた。
肝要な「筑紫氏降板」については、今回のリニューアルでもついに行われなかった。

「NEWS23」としてのリニューアルはもう二度とないことを期待するが、早くも新キャスターにスキャンダルである。
山本キャスターと、妻子ある民主党の細野豪志衆院議員との“熱烈不倫”が発覚したのだ。
不倫行為は民事上の問題があるだけでなく、今回の場合、建前的には政治的に中立であるべきニュースキャスターと、特定の政党の国会議員が不倫していたということが、より重い問題となるだろう。
山本キャスターの番組降板はおそらくなされないだろうし、今回のスキャンダルが細野議員の進退問題に影響することもないだろうが、いずれにせよ品格の問われるスキャンダルであった。
第一、関係する人々の気持ちを考慮して、同じやるにも隠れて、バレないように不倫してもらいたいものだ。
ただ、「NEWS23」関連でいえば、膳場キャスターは生粋のNHKっ子ぽさが出ていて、親しみと好感が持てた。
NHK在職時代、膳場キャスターがおじさま方から人気を得ていた理由が分かるような気がする。


日本テレビでは、52年続いた「きょうの出来事」の後番組として、2日(月)から「NEWS ZERO」が放送を開始する。
元大蔵官僚の村尾信尚氏がメインキャスターを務めるという。個人的には“テンパる柳澤秀夫”みたいなものになるのではないかと思うが、サブキャスターがさらに酷い。
フリーアナウンサーというべきかタレントというべきか分からない小林麻央がサブキャスター、「嵐」の櫻井翔が月曜キャスター、女優・川原亜矢子が木曜キャスターだという。
たとえ、業界モノのドラマ内での「ニュース番組」だとしても愚痴を付けたくなるような人選である。
このキャスター陣を見る限り、エンタメニュースが番組の中核になると考えて差し支えないと思うが、いかがだろうか。
パッと短期間で終わるか、だらだらと2,3年続くのかまでは断言できないが、「ザ・ワイド」で流れているような特集VTRを中心とした自称報道番組として、日本テレビの持ち得る限りの下品さを示してくれるに違いない。

TBSにしても、日テレにしても、出演キャスターの質の低下から、報道という概念そのものへのウェイトが軽くなってきたのを感じる。
ニュース番組なのか、政見放送なのか、ワイドショーなのか分からない。
壊れるところまで壊れていって、また、新しい何かが生まれてくるのだろうか。
「分かりやすさ」を徹底するあまり、拡大解釈が過ぎて、「下らなさ」を牽引する自称ニュース番組が増えてしまった。そして、今、それがスタンダードとなっているのだ。
こうなることとは知らず、純粋な志で「分かりやすいニュース番組を」などと言っていた「スーパータイム」の時代が懐かしい。



さて、おかげさまで、このブログもきょうで1周年を迎えた。
月数回程度の更新が多いが、それでも飽きやすい私の性格からしてみれば、直接の利害に関係ない「ブログ」を、よくもまぁ1年間続けられたものだと思う。
とはいえ、こういう“記念日”に、またも「下らない」文章を書いてしまったことはお恥ずかしい限りだ。
今後とも、政局ネタが中心になると思うが、私の独断専行で選んだニュースについて、解説らしきものを書いていきたいと思うので、みなさん、引き続きよろしく。
posted by Author at 13:35| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(3) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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