2006年11月26日

「本物の日本料理」という日本文化

少し前の話になるが、「日本食」をめぐるニュースがあったので、お知らせしたい。

トレビアンな和食店に JETRO 仏で“合格証”
【パリ=島崎雅夫】グルメの国フランスで、日本貿易振興機構(JETRO)パリセンター(中井毅所長)が1日から、「正統」な和食を出す日本料理店を推奨する制度を正式にスタートさせる。覆面審査員がフランス国内の日本料理店を採点、合格店に推奨マークを交付する。
 懐石やスシ、天ぷら、焼き鳥などを提供する日本料理店はパリを中心に全仏で約600店あるが、料理人が日本料理店で修業したことがないのに、日本食ブームに便乗して、中華やベトナム料理店から衣替えした日本料理店が目立ってきた。
 このため、JETROはフランス人への「道しるべ」を示す一方、日本食や日本食文化の認知度向上を狙い、推奨制度発足を決めた。
 仏料理ガイドのミシュランにならって、覆面審査員による採点方式を導入したが、格付けをするわけではない。8人の覆面審査員は今年夏から日本料理店を訪問、店舗の構えや衛生状態、スタッフの態度、メニュー、味などをチェックしており、近く、50点満点で7割以上を得た店を発表、推奨マークを交付する。
(2006年10月1日、読売新聞)


一部からは、「国が食文化まで統制するとは何事か」との声があるが、当然、私はJETROの今回の行動を支持する。

まず何よりも、あやまったものが、堂々と、日本の食文化として広まることはよろしくない。
今回問題となっているのは、現地の日本人間で「ニセジャポ」と呼ばれるパリの日本料理店であるが、そこでは、ほとんど創作料理に近いものが“日本食”としてメニューに出されているのだ。
「ニセジャポ」には、記事にもあるように、料理人に日本人はおろか、日本料理を学んだ経験のある人がいないことが多い。
メニューに「焼き鳥」とか「すし」とか書いておけば、どんなものでもそれは日本料理になる、という考え方なのだ。
こういったことによって日本の食文化が正しくない形で伝えられてしまうことに、一人の日本人として、純粋な危機感を覚える。

しかも、より問題なのは、「ニセジャポ」によって、日本食の安全性そのものが疑われてしまうことである。
FNNによれば、過去に「ニセジャポ」の店で、日本では使わない淡水魚が「刺し身」として出され、食中毒が発生した事例があったという。
パリの日本食レストランで、「刺し身」から食中毒が発生したとなると、それが世界全体の“日本食”マーケットに与える影響は、実に大きい。
それは、たとえその「刺し身」が日本食ではない、としてもだ。普通、人は、日本料理店で出された「刺し身」は日本料理なのだと考える。

もちろん、日本国内にしても、「正しい中華料理」や「正しいフランス料理」ではないものも多数ある。ラーメンなども、元来中国には存在しない。
ただし、あやまった日本料理が「これが日本食なのね」とパリジェンヌの間に広まっていくのを黙認しているのが、良いことなのかどうか。
「うまい」「まずい」の問題ではない。日本の食文化と、それに対する安全性についての問題なのだ。

JETROが認定したお店には、箸と桜をかたどった「本物の日本料理」と書かれたステッカーが与えられるという。
変わっていく文化もあれば、残さなければならない文化もある。何が「本物の日本料理」なのかを見極められるよう、私たち日本人も、日本料理を食べよう。
ラベル:パリ 日本食
posted by Author at 17:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日日雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

復党問題で明らかにされたもの

自民党の復党問題は、年内にも最低11名が復党することで決着となりそうだ。
 
10日、自民党の新人衆院議員12名が、「復党問題を考える会」の設立準備会合を開いたばかりだが、彼らの希望通りに事は運ばないことになる。 
復党の条件は、安倍晋三首相の所信表明演説に同意することであるが、もちろん、演説の中には、「郵政民営化の実現」という文言が含まれている。
 
2回連続で、「郵政法案」に反対票を投じた平沼赳夫元経産相が、この「郵政民営化」との文言に賛成する可能性は低そうだが、あとの11名については、2回目の採決では賛成に転じているので、「郵政民営化に賛成」という「踏み絵」の通過はすんなり行くに違いない。
今のところは、平沼氏を除く11名の年内復党は確実だといえる。「落選組」については、予想が難しいところだが、意外なほどにあっさりと一括復党する可能性が高い。
 
今回、復党の対象となる“造反”議員は、「党公認候補に対抗し、選挙区で立候補した」という「反党行為」があったわけだが、これについても、自民党内では、さほど大きな問題とはならないだろう。
事実、9日昼の町村派総会では、森喜朗元首相が「安倍政権を支えたいと言っている仲間を排除する資格が君たちにあるのか。中川秀直幹事長もかつては新自由クラブだ。閣僚経験者でもいろんな政党を渡り歩いた人が何人もいるじゃないか。かつて自民党がそういう人に踏み絵を踏ませたり、一筆とらせたことがあったのか」と、語った。
森元首相流に言えば、懐の広いところが自民党の特徴である。かつての仲間を引き戻す温かさのあるところが、自民党の特徴である。
しかし、それはうがった見方をすれば、喉元を過ぎないうちに節操のない行動をとるところが自民党の特徴である、とでも言い表せるのではないか。
離合集散は政界の常だが、それ自体に大義や説明がないのであれば、単なる“数合わせの論理”と言われても致し方ないのではないか。
「数合わせ」ならば、自民党が批判する「小沢民主党」と、少し形態が違うだけで、結局、同じ穴の狢なのだと批判されても仕方がない。
わざわざ解散総選挙で追放した人間を、来年の夏を見込んで呼び戻す「自民党」は、なりふり構わずに他の会派と手を結ぶ「民主党」とどこがどう違うのか、党執行部は説明できるのか、いささか疑問だ。
 
党執行部には、そして、党総裁である安倍首相には、しっかりと説明責任を果たしてほしい。
せめて、くだらないブログの執筆者である私程度の人間をだますことが出来るほどの「理屈」や「大義」を付けてから、“復党”を提唱してほしいものだ。
それにしても、これで分かったのは、自民党は、有権者をなめているということだ。
地元の有力衆院議員が「この人を応援してくれ」と言っただけで、“1人区”に住む有権者たちは、政策や政治理念云々抜きで、その命令に従順に従う――。
我々有権者は、そう思われている。その程度だと思われている。この事実は、しっかりと記憶しておかねばならないことだろう。
 
復党問題に関する記事は、今後、事実関係を記す程度のものにしたい。
結論が先にあって、しかもプロセスが空洞化している問題を論じることなどは、一度きりで十分だからだ。
posted by Author at 19:07| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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