2007年01月29日

ニッポンの教育再生

「納豆ダイエット」の捏造問題で、フジテレビ系列で放送されていた『発掘!あるある大辞典U』(関西テレビ)は、打ち切りが決まった。
その影響で、先週に続き、後番組の『スタ☆メン』は1時間前倒しで放送。9時台には、24日(水)に提出された教育再生会議の第一次報告について触れていた。

●「ゆとり教育」見直し
毎度言われることだが、「ゆとり」と「ゆるみ」は違う。
詰め込み型教育の反省から生まれたのが、「ゆとり教育」だったのではないだろうか。
私は、「ゆとり教育」とは、生徒に知識を押し込ませるのではなく、生徒一人ひとりの個性を伸長させる教育方法だと思う。
当然、生徒には基礎学力を身に付けさせる。その上で、「応用」レベルの学力を身に付けるかどうかは、生徒の判断次第。
どの分野の「応用」を選ぶか、についても、生徒一人ひとりの個性が出るだろう。
ただ、もちろん、「とりあえず手当たり次第に勉強してみて、その中から自分の興味あるものが見つかる」という場合も多々ある。
だから、いかなる教科も「基礎」は満遍なく――。そして、生徒がさらに興味を持った教科については、各自がその教科の「応用」に取り組む。
生徒に「自分は何をやりたいのか」を明確化させて、「あの教科もこの教科もやらなきゃ」といったことをなくして、“精神的ゆとり”を持たせることが望ましいと、私は思う。

元最高検検事の堀田力氏らが「教育再生民間会議」なるものを設置し、はじめこのニュースを聞いたときは、若干胡散臭く感じたのだが、提言を読んでみると、「ゆとり教育」に関しては、私は、本家よりはこちらの考え方に近い。
ただ、「釣銭を間違えない程度の算数の知識と、新聞の見出しを読める程度の国語の知識」(教育再生民間会議の提言より)で十分――という考え方にはいまいち同調できない。
他にも異を唱えたい箇所は多いので、この「提言」が私の意見というわけではない。

●「いじめた児童・生徒」の出席停止
昨晩見た『スタ☆メン』では、教育再生会議のメンバーでもある渡邉美樹・ワタミ社長が、この項目については賛成できないと言っていた。
「賛成できない」議員がいても、それを提出してしまう教育再生会議とは何なのか?と思うが、私個人は、この項目に賛成する。
いじめには、「空気」としてのいじめが指摘されるが、暴力という面から見れば、主犯格的な児童や生徒が存在することが多く、そういった児童や生徒が教室から排除されれば、いじめはストップされる可能性が高い。
いじめ問題を考えたとき、私は、何よりも大事なのは「今起きているいじめを止めること」ではないかと考えている。
いじめ問題に取り組む中嶋博行弁護士が指摘しているように、学校は、いじめた生徒=犯罪者の更生施設ではない。
学校は、普通の子供が、普通に学校に通い、普通に勉強が出来て、普通に友達と遊ぶことの出来る場所であるべきだろう(ここでいう「普通」というのは、暴力行為を振るったりしない生徒を指すのであり、生徒を画一化させるといった主旨ではない。それこそ、“ゆとり教育”の考え方に反する)。
いじめた子供を更生させる場所としては、保護観察所もあれば、少年院もある。そこで、しっかりとした「反省」を促すことが、そのような「いじめた子供」のためにもなるのではないか。

●「教育バウチャー制度」の導入
これは、教育再生会議の第一次報告に含まれているものではなく、あくまで渡邉氏が導入を希望しているというものだ。
この制度は、簡単に言えば、「教育を受けるクーポン」(バウチャー)を使うことによって、学校選択の自由が生まれるというものだ。
公立において、定められた学校に行かなければならないというわけではなく、各自の判断で、行きたい公立学校に行くことが出来る。
「行きたい公立学校」に選んでもらえるために、各学校は、魅力ある特色作りを行い、個性尊重教育の土台となる、という考えだ。
学校というところに、自由競争と市場原理を導入する、とも言い換えられる。
昔、このアイデアを聞いた時は、最初は私も良いと思ったが、少なからず疑問点も出てくる。
特色の派手でない学校は、最悪の場合には、企業で言うところの「倒産」、つまり「廃校」となるわけだが、これは、むしろ、行きたい学校を選べないということに繋がるのではないか。
結局、「進学率の高い学校」に生徒が集中し、その学校に入学できた生徒と、出来なかった生徒とで、新たな軋轢を生み出してしまうのではないか。
「地元の学校に通う」という概念がなくなることにより、地域コミュニティの崩壊に繋がるのではないか。そして、「地域」「親」「学校」というトライアングルの関係は破綻してしまうのではないか。
各家庭の持つ「バウチャー」の金額などに差が生じ、結局は金持ちの子供ばかりに選択の自由が生まれ、さらに「教育格差」が進められてしまうのではないか。

他にも、「ボランティアの必修化」という言語矛盾を含んだ項目もある。
今回の教育再生会議の報告には、「つっこみどころ」が満載なのだが、この再生会議が首相の諮問機関に過ぎず、従来通り、最終的な政府としての教育方針の決定は「中央教育審議会」が行うことを示唆しておきたい。
posted by Author at 18:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日日雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

オバマ議員の“避けて通れない道”

本選まで、あと2年近くもあるアメリカ大統領選。
約80年ぶりの「現在の正副大統領が予備選にすら立候補しない」大統領選となり、早くも、バラエティーに富んだ“候補者候補”の顔ぶれが挙がっている。

最近のABCとワシントン・ポストの共同世論調査では、米民主党では、ヒラリー・クリントン上院議員がずば抜けて人気で、支持率が41%。次いで人気なのが、支持率17%のバラク・オバマ上院議員だ。

オバマ議員はスマートな身なりと、その若さから、米トークショー番組に出演するなど、注目を浴びている。
そのオバマ上院議員が、早くも大統領選スキャンダルに巻き込まれた。

オバマ議員の過激派学校通学報道は事実無根 CNN

ジャカルタ(CNN) 2008年次期米大統領選の出馬準備を進めている民主党のバラック・オバマ上院議員(イリノイ州)について、米国の一部報道は先日、オバマ議員がインドネシアで過ごした少年時代、イスラム過激派の学校に通学していたと伝えた。ただ、CNNが米ワシントンとインドネシアの首都ジャカルタで取材したところによると、こうした報道内容は事実と異なっている。


オバマ議員は6─10歳当時の1967─71年、母親や義父とインドネシアに住んでいた。同議員は2冊の自著で、この期間にイスラム教の学校とカトリックの学校に各2年通学していたことを既に公表している。


米紙ワシントン・タイムズの発行元が出版している雑誌「インサイト」のウェブサイトは先週、匿名の消息筋の発言として、オバマ議員がインドネシア在住当時にイスラム原理主義を教える学校に通学していたと伝えた。ヒラリー・クリントン上院議員(民主党)の関係者が行った調査の結果とされる。インサイト誌の報道内容は、FOXニュースやニューヨーク・ポスト紙、CNNヘッドライン・ニュース、多数の政治関連ブログに引用された。


ただ、先日大統領選出馬を表明したヒラリー議員のスポークスマンは、オバマ議員に関する同誌の報道が「明らかに右派の仕業」と述べ、ヒラリー陣営が情報源であることを全面否定した。オバマ議員の関係者も、FOXニュースやインサイト誌の報道について「あきれるほど無責任」とコメントした。


オバマ議員が69─71年に通っていたインドネシアの学校をCNN記者が訪れたところ、宗教教育を重視していない公立小学校で、児童は制服姿、教師の服装は欧米風だった。


オバマ議員の元クラスメートは記者に対し、小学校の様子が当時と現在で余り変わっていないと語った。さらに、同校の児童にはキリスト教徒や仏教徒などもいるとして、イスラム学校ではなく普通の学校だと述べた。記者は22日放送のCNNの番組「シチュエーション・ルーム」で、同校が「以前取材したパキスタンのイスラム過激派学校とは全く異なる」と語った。


インサイト誌のサイトは22日午後現在、報道内容を撤回していない。

(1月23日、CNN.co.jp)


仮にオバマ氏が大統領になれば、黒人初の米大統領誕生ということになる。
しかし、オバマが特徴的なのは、自身が黒人であることを“特徴”としてアピールしていないことだ。これは、ヒラリー・クリントン氏にも言えることで、彼女も“女性”であることをアピールしていない。

大統領になるためには大統領選に出馬せねばならず、大統領選に出馬するためには民主党内で“候補者”に選ばれなければならない。
今のところ敵なしのヒラリー・クリントン上院議員だが、最大のライバルはスマートで年齢の若いオバマ上院議員だといわれている。

今回の“スキャンダル”は、事実無根のものであり、このようなスキャンダルを受けるのは、大統領選に出ようと思うような者であれば、避けては通れない道だとも言える。

しかし、スキャンダルというものを考えた時、問題なのは、スキャンダルが事実かどうかではない。
そのスキャンダルが流れたかどうかである。
一度、スキャンダルが流れれば、その“流れた”という事実は残り、候補者のイメージ戦略に多大な影響を及ぼす。

支持率を見れば大人気のヒラリー・クリントン上院議員だが、クリントン議員は多くの人に好まれてはいるが、多くの人に嫌われてもいるのが現状だ。
多くの米国民が、クリントン議員が大統領になったら、イラク問題などで“二極化”してしまった米世論の“二極化”をさらに推し進めないと心配している。
そうしたことから見ると、クリントン議員の人気はこれで「頭打ち」(米PBS)だとも言える。この高支持率を維持することは、そう、たやすいことではない。

今、この時期に「誰が最も有力候補か」などといったことを考えるのは意味のないことだが、選挙というものを考えたとき、どうしてもそういったことを考えずにはいられない。
ただ一つ、確実に言えるのは、次期大統領は、ブッシュ大統領とは違う、穏健派の大統領になることだろうということだ。次期大統領が、民主党から生まれようが、共和党から生まれようが、だ。
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2007年01月22日

朝青龍にみる“横綱の品格”

大相撲初場所は、21日、千秋楽を迎えた。
14日目に20回目の優勝を決めた朝青龍が、琴欧洲を破り、4場所連続の優勝に花を添えた。

圧倒的な強さを誇る朝青龍だが、「文句なし」の横綱ではない。
強さに「文句」は出なくとも、“横綱の品格”について、常に「文句」を出されている、珍しい横綱である。

朝青龍大笑い、親方衆苦笑い…“ケイコなし”で4連覇

 なるほど、これでは周りの者に示しがつかない。4場所連続して14日目に朝青龍の優勝が決まってしまい、またしても千秋楽はドッチラケだ。

 最後の琴欧洲戦も白星でしっかり締めた朝青龍はご機嫌そのもの。「今日はどうしても勝ちたかったんだ。差されたけど、左を巻きかえてヨシッと思った。投げのタイミングも良かったし。気持ちいいね」と館内のファンに愛嬌をふりまいていたが、協会首脳は対照的に渋い顔だった。

 なにしろ朝青龍が場所前にまわしを締めて稽古したのは去年の暮れのたった2日だけ。正月はモンゴルで過ごし、年明けもまったくやっていない。これは東前頭4枚目で10勝した安馬も同じ。去年の暮れ、父親が交通事故で亡くなったため、あわてて帰国し、再来日したのは初日前日。まったくのぶっつけ本番にもかかわらず、14日目は豊ノ島を破って朝青龍の優勝をアシストまでしている。

 これでは明らかに「強くなりたかったら、稽古しろ」と指導している親方たちの指導方針に背く。朝青龍の師匠、高砂親方(元大関朝潮)も「確かに困った現象だよな。でも、何もやらずにあんな激しい相撲は取れない。まわしは締めていないけど、きっとどっかで、何かはやってんだよ」と苦笑いしていた。

 努力しなくても、いい思いができる。こんなつじつまの合わない現実にどう整合性を持たすのか。北の湖理事長は「朝青龍が強いというよりも、周りが弱すぎるんだ。こんな中で作った記録なんか、たいした記録じゃない」と吐き捨てた。32回優勝という史上最多記録を持つ納谷幸喜・相撲博物館館長(元大鵬)も「稽古を怠れば、筋力はすぐに衰える。下の者を育てるのも、上の者の義務。精神的にもさらに成長してほしい」と苦言を呈している。

 これでは歯を食いしばって稽古に汗する者がいなくなる。朝青龍の4連覇で、大相撲界は指導の根幹を揺るがす大問題を抱え込んでしまった。

(1月22日、夕刊フジ)


決して、朝青龍個人が嫌いなわけではない。
朝青龍は、相撲界にとっての“大スター”であり、相撲人気を高くさせてきた功労者でもある。
朝青龍の存在は、相撲界にとって、大きな一助でもあるだろう。

しかし、相撲は日本の国技である。
「強ければよい」「強い者が横綱になる」といったものではない。横綱に求められるのは、「強さ」とともに「品格」なのだ。
「強さ」だけでも、「品格」だけでもダメで、双方が備わっていなければならない。そして、備わっている者を、横綱という。

「品格」というとあまりに抽象的すぎるのだが、例えば、20回目の優勝が決まった時、土俵の上で笑顔を見せることが、相撲という特殊なスポーツにおいて、「品格」ある行動といえるのかどうか。
モンゴル人だから、日本人特有の“謙虚さ”や“品性”は持てなくて当たり前――などと割り切って良いのか。
だったら、外国人力士をまったく受け付けないようにするか、または、相撲から「品性」を取り除くしかない。

「文句は言えないはず。俺は、だって強いんだから」という姿勢のままでは、朝青龍に「品格」を感じられないのだが、どうだろうか。
タグ:朝青龍
posted by Author at 18:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 亀田3兄弟/朝青龍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

国民新党の「政治信条」はどこに?

担当分野は政治ではなく、政局。政治家というよりは、“政治屋”――。
そんな国会議員が、永田町にいる。

<国民投票法案>反対で社民党と国民新党が一致

 社民党の又市征治、国民新党の亀井久興両幹事長が19日、東京都内のホテルで会談し、憲法改正手続きを定める国民投票法案について、通常国会での成立を目指す政府・与党方針に反対することで一致した。会談で亀井氏は「わが党は改憲の立場に立つが、自民党新憲法草案を成立させるための国民投票法案を慌ててやる必要はない」と述べた。
 同法案をめぐり民主党は鳩山由紀夫幹事長が通常国会成立に前向きだが、野党共闘を重視する小沢一郎代表はまだ方針を示していない。又市、亀井両氏は通常国会の開会に合わせ野党党首会談を開くよう民主党に呼びかけることも確認した。
【山田夢留】

(20日、毎日新聞)


憲法改正のために必要となる手続法が「国民投票法案」である。
“護憲政党”を掲げる社民党が、この法案に反対するのは当たり前だ。
逆に、共産・社民がこの法案に賛意を示した時、両党は党本部もろとも爆破されるだろう。

信じがたいのは、国民新党の対応だ。
小泉純一郎首相(当時)に反発し、党を出て行った(実際には“追い出された”わけだが)「保守政治家」を標榜する議員たちが、憲法改正のための「国民投票法案」に反対を表明するなど、政治信条の捻じ曲がれも、いいところだ。
これでは、なんでも反対の共産党と、なんら変わりない。

ただ、明白なのは、「国民新党は、あくまで『反自民党』政党」だという事実だ。
党総裁が、小泉から安倍晋三に変わっても、復党は出来なかった。
国民新党のもっぱらの「目標」は、キャスチングボートを握る政党になることである。
7月の参院選で、自民・公明の与党と、野党・民主党が接戦を繰り広げ、どちらも過半数を獲得できなかったときに、どちらかの勢力に付くこと。
自民側の勢力に付けば、復党なりなんなりの処遇が、民主側の勢力に付けば、自社さ連合時のような「綿貫民輔(国民新党代表)首相」が実現する、というシナリオだ。
亀井静香代表代行は、いざ「綿貫首相」が実現するときになって、綿貫氏に「いや、首相は亀井君で」と言われることを待ち望んでいるだろう。
だからこその、「綿貫ヨイショ」だともいえる。

かつて、私は、国民新党のことを「プレハブ政党」、新党日本のことを「野外テント政党」と名づけた。
政治のことは忘れて、政局のことばかり気にするような老人たちの集まった「プレハブ」とは、困ったものだ。
もう政治屋はいらない。
posted by Author at 14:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

民主党の「胡散臭い」スリーショット

新年明けましておめでとうございます。
1月も17日になれば、この挨拶も、相当おかしな意味合いを持ってくるが、今年もこのブログをよろしくお願いしたい。

さて、新年早速、安倍内閣閣僚をはじめとして、「事務所費」にまつわる政治資金の不透明な問題が明らかになった。
「お金の動きを、細かく1円から報告する」といった新しい制度作りが急務だろう。そもそも、これまでそうでなかったのがおかしかったぐらいだ。

今回取り上げたいのは、そのことではない。
毎度おなじみ“自爆政党”民主党のテレビ・コマーシャルについてだ。

小沢氏の船「3人しか残らない」=民主党CMをやゆ−自民中川幹事長

 「嵐の中で船長がかじを手放し、水夫が逃げ去り、3人しか残らない党に日本の未来を任せるわけにはいかない」。自民党の中川秀直幹事長は17日の党大会であいさつし、嵐の船上で民主党の小沢一郎代表が奮闘するテレビCMをやゆした。
 民主党のCMは、船のかじを取る小沢氏が突風に吹き飛ばされながらも、菅直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長の助けを得ながら船を進める内容。中川氏は「与党の船長、安倍晋三総裁(首相)はどんな荒波でも決してかじを手放さない」と小沢氏との違いをアピールしていた。 

(1月17日、時事通信)


私も、このCMが前々から気になっていた。

まず、なぜ、小沢一郎代表が吹き飛ばされるのか。
これは、“永田偽メール問題”など、民主党がこれまでにスキャンダルを起こしてきたことを意味しているのか。
毎日新聞によれば、「小沢氏の去年の入院騒ぎを思い出した」という声が、中野寛成前衆院副議長から出ているという。

小沢代表の脇を、菅直人代表代行と、鳩山由紀夫幹事長が支える、という展開も気になるところだ。
「病気の問題で心配のある小沢代表の代わりに、菅か鳩山が『首相』となる」といった、血生臭い永田町の噂話が思い出される。
心臓に疾患を抱える小沢氏に、首相の激務を毎日こなすことは無理。事実、食事を取った後は、本会議すら出ることが出来ないような状況だ。だから、民主党政権が誕生した暁には、首相には、別の人間が就任する。その「別の人間」の座をめぐって、菅・鳩山両氏が水面下で争っている――、といった噂話のことだ。
この噂話は、単に噂だと言い切ることは出来ない。
なにしろ、小沢氏が内閣総理大臣などになったら、小沢氏は数日(または数週間)で死去することだろう。
もし死去しなかったら、これまで、病気について「嘘」を述べていた、ということが明らかになるわけだ。
もちろん、万が一、民主党政権が発足した場合の話だが。

CMにポスターにと、「小沢・菅・鳩山」という“トロイカ体制”をアピールしている民主党だが、私にはどうも、胡散臭いスリーショットに見えてならない。
「病気を抱えた壊し屋である現民主党代表」「市川房江女史に『こいつだけは許せない』と言われた元民主党代表」「政治家に向いていないとよく言われるお坊ちゃまな元民主党代表」――。

2007年も、民主党はきっと何か面白いことをしてくれるに違いない。自民党以上に。
posted by Author at 17:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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