2008年12月01日

「握りの大島」 大島国対委員長が在任記録更新

哀愁漂う?「知将」が、もうしばらくは国会対策の指揮を執る。

大島国対委員長が記録更新=在任期間、中川氏抜く

t_oshima_20081201.jpg(C)産経新聞

 自民党の大島理森国対委員長は1日、通算在任日数が1128日となり、中川秀直元国対委員長が持っていた同党の最長記録を塗り替えた。衆参ねじれ国会で陣頭指揮に当たってきた大島氏。延長国会でも野党の攻勢に神経をすり減らす日々が続きそうだ。

 大島氏は2000年12月から02年9月まで、森、小泉両内閣の下で国対委員長を務めた。07年の参院選での自民党惨敗後、国会運営の手腕を買われて同年8月に再登板。今年9月の麻生内閣発足に際しては、盟友の麻生太郎首相から官房長官への就任を要請されたが、自ら国対委員長再任を求めた。

 大島氏は「振り返ってみれば長過ぎた、この場に居過ぎているのではという思いもある」としつつも、「まだ『辞めろ』と言われていないので、職にある限りは麻生内閣のために全力を尽くしたい」と話している。 

(1日、時事通信)

今日(1日)、自民党の大島理森国対委員長は、通算在任日数が1,128日となり、中川秀直元幹事長を抜き歴代最長の国対委員長となった。
激動のねじれ国会で心身ともにやつれ果て「早く後進に道を譲りたいの〜」と嘆くが、老獪(ろうかい)な手腕は余人をもって代え難く、麻生太郎首相は、来年の通常国会も「大島体制」で乗り切る構えだ。

安倍晋三政権末期の2006年夏、大島氏は森喜朗政権で国対委員長を務めた実績を買われて、国対委員長に再起用された。
衆参「ねじれ国会」の中、同年(2006年)秋の新テロ対策特措法をめぐる越年闘争や、揮発油税(ガソリン税)の暫定税率をめぐる闘争などで「知将」ぶりを発揮してきた。

初めは毒舌で相手を威嚇し、その後は「なだめ」「すかし」で翻弄、最後は人情でホロリとさせ、事を運んでいくのが大島流。
先の通常国会では、衆参「ねじれ」現象を抱えながらも、最後は例年並みの法案79本を成立させた。
こうした手法は故・竹下登首相直伝といわれ、相手の弱みを小出しにして譲歩を引き出す手口から「握りの大島」の異名を取る。

麻生首相とは昔から親しく、麻生政権発足時に官房長官への起用も取りざたされたが、首相は「悪代官が1日2回も記者会見したら国民に申し訳ないだろ」とあっさり却下、国対委員長職への留任を求めた。

時代劇好きの大島氏は、公明党の漆原良夫国対委員長との「悪代官ごっこ」が目下のマイブーム。
大島氏「越後屋、お主も相当のワルよのう…」
漆原氏「お代官様にはかないませぬわ…」
大島氏「思えば長い道のりじゃのう…」――
と、やり取りしているとか。
持病の糖尿病に加え、最近では口元にヘルペスが再発し、満身創痍(そうい)の大島氏にとって「戦友」の漆原氏との時代劇ごっこは、数少ない心の癒しとなっている。

党役員会で、麻生首相が「この前、ホッケの煮付けかなんかを食ったなあ」と話すと、大島氏は冷静な顔のまま「北海道に『ホッケの煮付け』はありません」と断言。麻生首相との距離の近さゆえ、こんな発言もできるのだろう。
「一度でいいから『水戸黄門』(TBSテレビ)に出たいもんじゃのう…」と遠い目をしてつぶやく姿からは、全身(全心)の疲れが感じられるが、まだまだ休めそうにはない。

参考:産経新聞記事

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posted by Author at 18:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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