2008年12月12日

次期首相に、“ミスター自民党”こと中山太郎議員が内定!?

2つの勢力が拮抗する自民党内。自民党の“長老”は、この動きをどうみる。

kenpo_taro_nakayama.jpg(C)自民党

「後ろから鉄砲玉撃つな」 “反麻生”の動き叱責 自民派閥総会

 自民党各派は11日、派閥総会を開き、幹部らが中堅・若手を中心とした議連や勉強会など「反麻生」の動きを批判する声を相次いであげた。この日は首相と距離を置く中川秀直元幹事長が勉強会を旗揚げしているだけに党内の亀裂が決定的になりかねず、派閥領袖が沈静化を図った格好だ。

 「後ろから鉄砲玉を撃つことは絶対あってはならない。それが一番、支持率を下げるんだ。選対委員長として恥ずかしい」

 古賀派会長の古賀誠選対委員長は派閥総会でマイクを握ると、塩崎恭久元官房長官の方に向き直り、すごんでみせた。塩崎氏は渡辺喜美元行革担当相らと「速やかな政策実現を求める有志議員の会」を結成し、麻生太郎首相に批判的な姿勢をとってきた。

 谷垣禎一元財務相も「古賀氏の言う通りだ。団結していきたい」と応じた。同派議員からも「ガタガタしていては『自民党弱し』という雰囲気が出てくる。意見を自由に言うのはいいが時期がある」と批判の声が続いた。青くなった塩崎氏は総会後、古賀氏に面会を求め「政策提言をやっている。説明不足だった」と釈明した。

 また、伊吹派総会でも伊吹文明元幹事長が、「ああだ、こうだと家の中のことを外で言いふらして、自分だけいい子になろうというのは政治家として感心しない」と痛烈に批判した。津島派総会では津島雄二元厚相が「日ごろ結束していること、心を合わせていることが大事だ」と派内の結束を呼びかけた。

(11日、産経新聞)

中川秀氏の孤立化画策 勉強会、安倍氏ら出席し牽制

 反麻生勢力のリーダー的な存在である自民党の中川秀直元幹事長が11日、新たな議員連盟「生活安心保障勉強会」を旗揚げした。麻生太郎首相と距離を置く小池百合子元防衛相や渡辺喜美元行革担当相らがずらりと並んだが、首相に近い安倍晋三元首相や菅義偉選対副委員長らも出席し、「反麻生」的な言動に目を光らせる奇妙な展開に…。町村派では「中川包囲網」がジワジワ進んでおり、会合は逆に中川氏の孤立化を浮き立たせる結果となった。(石橋文登、加納宏幸)

 ■準備会合に57人

 「一部の早とちり報道でこの会合が政局グループと伝えられたが、まったく純粋な勉強会なのでご安心いただきたい」

 党本部で開かれた準備会合には57人が出席した。会長に就任した中川氏は冒頭にマイクを握ったが、威勢のいい「中川節」は不発に終わった。

 横に座った安倍氏は「いま政府与党は厳しい状況にある。ここで一致結束して麻生政権を支えていきたい」とあいさつ。その後も安倍、菅両氏はにらみを利かせ、出席者の発言は純粋な政策論ばかりで過激な言動は影を潜めた。

 議連の活動目標は「安心基盤口座」の導入だ。社会保障制度や税制を「個人勘定」に統合し、安倍政権が導入を決めた「社会保障カード」を発展させるという構想だ。民主党も「年金手帳」導入を主張しており、与野党の接点を探りたいとの思惑もある。

 だが、この議連発足が浮上したのは、自民党内で首相批判が吹き荒れた11月下旬。「中川氏が反麻生でいよいよ決起する」とのうわさは一気に広がった。

 ■町村派が包囲網

 「議連に反麻生勢力が結集したら町村派が分断しかねない」。そう懸念した安倍氏と町村信孝前官房長官は先手を打った。

 安倍氏は21日の衆院本会議で森喜朗元首相に「このままでは町村派が反主流とみられてしまう」と町村派幹部会の招集を求めた。25日昼の幹部会では、町村氏が「速やかな政策実現を求める有志議員の会」を痛烈に批判し、安倍、森両氏も合いの手を打った。暗に黒幕として中川氏を指弾したのは明白であり、中川氏は「おれはあの議連とは関係ない!」と釈明に追われた。

 安倍、町村、森の3氏が共闘態勢をとったことで、中川氏は窮地に追い込まれた。このまま反麻生で突っ走れば、町村派を追われかねないからだ。

 ■議連を骨抜きに

 中川氏は5日の議連発足を11日に延期。安倍、菅両氏らに自ら電話し、議連への加入を求めた。反主流色を薄めようと考えたようだが、安倍氏らはこれを逆手に取り議連の骨抜きに動いた。裏では森氏が町村派若手を「麻生さんが大変なときにバカな行動をするな! 中川を総裁にする気か」と電話で説教した。

 この企ては奏功し、議連は純粋な勉強会と化した。議連終了後、安倍氏は勝ち誇ったように語った。「政局がらみの議連では全くない。中川さんが参加しているから、そういううわさになってしまうのでしょうが、そういう思惑で参加した人はいません…」。首相−幹事長と二人三脚で政権を運営した友情関係はもはやかけらも見えなかった。

 一方、中川氏は11日夕、都内のホテルで開いた自らのセミナーでこう語った。

 「麻生内閣は支持率にとらわれず思い切った政策を打ち出すべきだ。いまは倒閣の時ではない。麻生首相に最も距離のある私がいうのだから間違いない」

 事実上の休眠宣言といえる。ただ、派閥レベルでの締め付けに若手には不満が渦巻いており、次なる政変の潮目が近づけば、中川氏が改革の旗手として再び動き出すことは間違いない。

                  ◇

 11日の自民党「生活安心保障勉強会」設立準備会合の出席者は次の通り(敬称略、カッコ数字は当選回数)。

 【衆院】伊藤公介(9)、中川秀直(9)、衛藤征士郎(8)、石原伸晃(6)、小坂憲次(6)、安倍晋三(5)、伊藤達也(5)、鴨下一郎(5)、小池百合子(5)、桜田義孝(4)、塩崎恭久(4)、下村博文(4)、菅義偉(4)、竹本直一(4)、谷畑孝(4)、水野賢一(4)、山口泰明(4)、渡辺喜美(4)、江崎洋一郎(3)、高木毅(3)、中野正志(3)、馳浩(3)、平井卓也(3)、三ツ林隆志(3)、大前繁雄(2)、奥野信亮(2)、加藤勝信(2)、柴山昌彦(2)、菅原一秀(2)、鈴木淳司(2)、中山泰秀(2)、並木正芳(2)、西村康稔(2)、早川忠孝(2)、山際大志郎(2)、上野賢一郎(1)、小野次郎(1)、片山さつき(1)、木原誠二(1)、佐藤ゆかり(1)、清水鴻一郎(1)、清水清一朗(1)、杉田元司(1)、関芳弘(1)、徳田毅(1)、広津素子(1)、藤田幹雄(1)、松本文明(1)、安井潤一郎(1)、山内康一(1)【参院】世耕弘成(3)、山本一太(3)、田村耕太郎(2)、若林正俊(2)、秋元司(1)、中川雅治(1)、丸川珠代(1)

(12日、産経新聞)

現在、自民党内では「麻生支持派」と「反麻生派」が拮抗する緊密な状況が続いている。
「麻生支持派」に名を連ねるのは、各派閥の領袖に加え、前回(2008年9月)の党総裁選で麻生太郎首相を支持した安倍晋三元首相、菅義偉選対副委員長らだ。
対する「反麻生派」の代表格なのが、連日メディアに顔を出す渡辺喜美元行革担当相のほか、塩崎恭久元官房長官などである。

昨日(11日)開催された各派閥の総会では、古賀派では古賀誠選対委員長や谷垣禎一元財務相、伊吹派では伊吹文明元幹事長らが「反麻生派」を批判する発言を行った。
同日夜には、都内の料亭に各派の事務総長が集まり、町村派からは中山成前国交相、津島派からは額賀福志郎元財務相が出席。各派共に結束して麻生政権を支えることで一致した。
出席者からは、渡辺氏らの行動について「一番愚かだ。自分だけがパフォーマンスで(選挙で)生き残ろうというのでなく、どうやって民主党に勝てるか考えるのが重要だ」「党内でガヤガヤやっている場合ではない」などの批判が相次いだ。

さて、今日もう一つご紹介するのは、野党幹部による「次の総理」をめぐる話し合いが行われたというニュースだ。
<小沢代表>選挙管理内閣は自民長老を首相に

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(左)ベルギー訪問時の中山太郎衆院議員

 民主党の小沢一郎代表は11日、社民党の福島瑞穂党首ら幹部、民主党参院幹部と東京都内で会談した。席上、小沢氏は「麻生政権は長くはもたない」との認識を示した上で、麻生太郎首相の退陣後に衆院選を実施するための与野党参加による選挙管理内閣構想に関して「自民党の長老を(首班として)担ぐのがいいんじゃないか」と述べたという。

 これに対し、社民党側の出席者の一人が「中山太郎元外相のような人ですか」と水を向けると、小沢氏は「それもいいんじゃないか」と応じたという。【小山由宇】

(12日、毎日新聞)

11日夜、民主党の小沢一郎代表と社民党の福島瑞穂党首は、都内で両党幹部を交えて会談した。
麻生首相を退陣に追い込んだ後、与野党相交えての「選挙管理内閣」(選挙期間の一時期を乗り切るための内閣)構想について、話が広がった。
席上、小沢氏は「麻生政権は長くはもたない」との認識を示した上で、「選挙管理内閣」での首相として「自民党の長老を担ぐのがいいんじゃないか」と述べたという。
それに対して、社民党側の出席者の一人が、自民党の中山太郎元外相を首相候補に挙げたところ、小沢氏は「(こうした内閣の首相は)長老(格の議員)しかいない」と述べたとのことだ。

中山氏は、1924年8月生まれの84歳。生まれも育ちも大阪で、もともとは小児麻痺研究の医学博士だ。現在、大阪18区選出の衆院議員である。
1955年、大阪府議会議員に初当選し、1968年に参院議員に初当選。1980年に鈴木善幸内閣で総理府総務長官兼沖縄開発庁長官として初入閣を果たした。
参院議員を3期務めた後、1986年、衆議院議員へと転身し、以降連続7回当選。海部俊樹内閣では3期に渡って外相を務めた。

現在、日韓議員連盟顧問、日本・欧州評議会友好議員連盟会長、日本アメリカ友好議員連盟会長などの外交関連の議員連盟の会長を務めるなど、自民党きっての外交通として内外に知られている。
また、エドゥアルド・シェワルナゼ旧ソ連外相(グルジア元大統領)と親交があり、中山氏は、グルジアではソ連崩壊で苦境に陥ったシェワルナゼ元大統領を助けた「盟友」として知られている。
スウェーデン、デンマーク、フランス、ハンガリー、スペイン、オーストリア、インド、モンゴル、チリ、ペルー、オランダ、フィリピン、ロシア各国から、叙勲も受けている。

古くから憲法改正にも積極的で、2000年1月に衆院に設置された衆院「憲法調査会」の設置に貢献したことから、設置時より会長を務めてきた。
憲法調査会再編に伴い、2005年9月に設置された衆院「日本国憲法に関する調査特別委員会」でも、設置時より委員長を務めている。
国会の委員長や調査会長は、通常1〜2年で交代するものだが、同種の役職を7年間もの長期間務めた例は異例だ。
『実録 憲法改正国民投票への道』(中央公論新社)、『15歳からの憲法改正論 未来の日本を創るのは君だ!』(PHP研究所)といった著書もある。

派閥としては、参院初当選時から一貫して清和会(福田派→安倍派→三塚派、現在の町村派)に属した。
安倍晋太郎会長下で加藤六月元農水相、塩川正十郎元財務相、森喜朗元首相、三塚博元幹事長が「安倍派四天王」と称されると、これに続く「安倍派 第5の男」と呼ばれた。
1998年、三塚派内で森ラインと亀井静香(現国民新党代表代行)ラインの対立が激化すると、亀井氏、平沼赳夫元経産相らと清和会を脱退し、「中山 ・亀井グループ」を結成。しかし、翌年(1999年)の志帥会結成には参加せず、以来無派閥を貫いている。

大臣のポストこそ手に入れたものの、年齢と当選回数の割には表舞台を歩いて来なかったほうで、これまでも首相候補として目されたことはほとんどない。
しかし、全国各地の講演会でも年齢を感じさせない元気な姿を見せるほか、最近では衆院国会本会議場の最後列に座り、小泉純一郎元首相や森元首相と席が隣同士となった。
本会議場の席順は最前列が若手(当選1回)議員、最後列がいわゆる「重鎮」議員で構成されている。
自民党にあっては、首相経験者が最後列に座ることが多く、自民党席の最後列に首相経験者でないにもかかわらず座っているのは、自民党の“長老”である中山氏のみだと言っても過言ではない。

小沢氏が構想する選挙管理内閣が実現するためには、もちろん、麻生首相の退陣が不可欠だ。
かつての「自社さ連立政権」で自民党が社会党の村山富市委員長を首相に担いだ時のように、ほとんど実権力を持たない“お飾り総理”として中山氏を首相に担ぐ――、というのが、民主・社民両党幹部が描くシナリオらしい。
安倍晋三元首相―福田康夫前首相と、2代に渡って「辞任総理」を生み出した自民党としては、麻生首相退陣による、まさかの「中山太郎首相」誕生は避けたい事態だ。
これまで自民党を下支えした縁の下の力持ちであり、古い自民党も新しい自民党も知る“生き残り”となった中山氏。党執行部としては、「ミスター自民党」ともいえる中山氏の首相就任だけは避けたい。何とも皮肉な話だ。

リンク:中山太郎オフィシャルホームページ中山太郎ブログ

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posted by Author at 11:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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