2009年02月05日

町村派「町村会長」で再始動  古賀派・麻生派は10年ぶりの急接近

自民党内3つの派閥で起きた、「2つの気になる動き」。特に中川氏の行動には要注目だ。

会長に町村氏=中川秀氏は代表世話人続投−自民・町村派

 自民党町村派は5日の総会で、3人の代表世話人による集団指導体制を改め、町村信孝前官房長官を会長に充てることを決めた。最高顧問の森喜朗元首相が提案し、了承された。中川秀直元幹事長、谷川秀善参院議員は代表世話人を続投する。最大派閥(89人)の同派は今後、町村氏を中心に運営され、麻生政権を引き続き支えていくことになる。

 総会では、森氏が「3人代表制は見直したい」と町村氏の会長昇格を提案。一部の中堅・若手から「もっと意見を聞いて決めるべきだ」といった声も上がったが、最終的には拍手で了承された。これを受け、町村氏は「微力だが全力を尽くして頑張る」とあいさつした。 

(5日、時事通信)

きょう(5日)、自民党の各派閥は総会を開いた。
最大派閥・町村派の総会では、最高顧問である森喜朗元首相が3人いる代表世話人の中で、町村信孝前官房長官を「会長」に復帰させるよう提案した。
森氏は「3人の代表世話人という体制はおかしいと考えてきた。町村派なのだから『町村会長』にすべきだ」と発言。
中川秀直元幹事長と谷川秀善参院議員の2人は代表世話人を続投するが、今回「会長」職が新設されることで、中川氏と谷川氏は事実上の“降格”を余儀なくされることとなる。

会合では、この提案に賛成する意見も出される一方で、「衆院選を控えてコップの中の争いをしている場合ではない」という意見や「所属議員の意見も聞かずに、一方的な話であり、オープンな場で時間をかけて議論すべきだ」という意見など、体制の見直しに反対する意見が多く出された。
しかし、派閥事務総長の中山成彬前国交相が「きょうの会合で結論を出したいので、森氏の提案を了承すべきだ」と賛同を求める。
さらに、森氏が「提案した代わりに派閥を離れたいと思う」と述べ、派閥離脱も辞さない構えを見せたことで、最終的に「町村会長」体制が了承された。

もともと町村氏は派閥会長だったが、2007年秋、福田康夫内閣で町村氏が官房長官に就任したことにより、会長職をなくした。
そして中川氏と谷川氏の2人を新たに加えた形で「代表世話人」ポストを設け、集団指導体制を採用していた。
森氏と中川氏はかつて“親子関係”と評されるほど密接な関係にあったが、昨年(2008年)秋の自民党総裁選で、森氏が麻生太郎首相を支持したのに対し、中川氏は小池百合子元防衛相を総裁候補に擁立。以来、すきま風が吹いていた。
2人の関係を決定的に悪化させたのは、先の「消費税率引き上げ時期」明記問題である。中川氏が麻生首相の案を批判したことに、森氏や安倍晋三元首相(町村派相談役)らが反発。
2日夜には、森氏、安倍氏、町村氏の3人が会談し、集団指導体制を見直す方向で協議を行っていた。

新たに派閥会長に就任した町村氏は「中川先生も谷川先生にも頑張って頂かなきゃなりませんし、全員野球でやっていこうと」とその決意を述べた。
今回の「町村会長」誕生は、町村派内における幹部間の衝突が表面化した結果のもので、森氏らは一度は“お流れ”になりつつあった「中川外し」に成功したといえる。
とはいえ、現在は事態を静観している中川氏が、今後どのような動きを見せていくか。このまま黙っているとは思えない。「政界再編」を主張する中川氏が、若手・中堅議員を引き連れて派閥を離脱し、町村派が分裂するというシナリオも予想される。

<古賀派>麻生派の幹部と会合開く

 自民党旧宮沢派(宏池会)の流れをくむ古賀、麻生両派の幹部が4日夜、東京都内の中華料理店で会合を開いた。河野洋平衆院議長の在職最長記録の祝い名目で古賀派が呼びかけた。古賀派内には両派の合流を模索する動きもあり、将来の「大宏池会構想」に向けた布石との見方も出ている。しかし、一方で同派内には麻生政権に批判的な議員も少なくなく、合流実現には時間がかかりそうだ。

 会合には、古賀派の古賀誠選対委員長、谷垣禎一元財務相、麻生派の中馬弘毅元行革担当相、鈴木恒夫前文部科学相ら20人が参加した。【田所柳子】

(5日、毎日新聞)

一方、別の派閥でも気になる動きがあった。
昨日(4日)夜、「総裁派閥」である麻生派の幹部と、党内第3派閥である古賀派の幹部が都内の中華料理店で会合を開いたのだ。
古賀派と麻生派は、もともとは旧宮沢派としてまとまっていたが、旧宮沢派の後継と目された加藤紘一元幹事長をめぐる確執により、麻生派(当時:河野派)は旧宮沢派を離脱。古賀派と麻生派の幹部が会合を開くのは、派閥離脱後初めてで、実に約10年ぶりのことである。
今回の会合が「河野洋平衆院議長の在任最長記録を祝う」という名目で開かれたものだが、人事をめぐり混乱する最大派閥・町村派を横目に、党内政局のキャスチングボートを握ろうという古賀派の思惑が伺える。

会合には河野氏のほか、古賀派から古賀誠選対委員長、丹羽雄也元総務会長、谷垣禎一元政調会長らが出席。
会合後、河野氏は「とても楽しく良い時を過ごしました」と述べ、谷垣氏も「恩しゅうを離れて十数年の時間も経ちましたし、そういう意味では懐かしい顔ぶれ」と笑顔混じりに記者団に語った。
現在の古賀派は、昨年、旧古賀派と旧谷垣派が合流したことにより発足。旧宮沢派(宏池会)は旧古賀派、旧谷垣派、旧河野派(現麻生派)の3つに分裂したが、このうちの2つの派閥が合流したということで、旧古賀派と旧谷垣派の合併は「中宏池会」構想と呼ばれた。
仮に古賀派と麻生派との合流が実現すれば、「大宏池会」構想が実現することとなり、党内第2派閥、80人の大所帯となる。

昨年11月には、古賀派総会で古賀氏が「いっそのこと、為公会(麻生派)と一緒になって、大宏池会になっておけばよかったと思わないでもございませんが――」と語るなど、麻生首相の求心力低下を背景に、「大宏池会」実現化の動きが本格化している。
しかし、今日の麻生派総会で、麻生派の中馬弘毅座長「どこかの派閥と連携したり、一部の派閥と何かコトを起こすようなことは一切致しません」と発言し、古賀派との合流を完全否定した。古賀派内にも麻生派との合流に消極的な意見があり、合流に向けた道のりは未だ険しい。

森―小泉―安倍―福田と4代連続で町村派が「総裁派閥」の座を独占する中、森政権から安倍政権に至るまで“冷や飯”を食らい続けてきた古賀派。
「町村会長」体制で再スタートすることになった町村派は、一致結束して党内最大派閥であり続けられるのか。それとも、派閥分裂の危機は現実のものとなってしまうのか。
結党以来「保守本流」とされてきたが21世紀に入って一度も「総裁派閥」の座を獲得することができないでいる古賀派は、今後の党内政局にどのような影響を及ぼしてくるのか。
これら派閥の動きを、単なる「コップの中の争いごと」と見過ごすことはできない。総選挙後の「政界再編」にも影響を与える可能性が高い。

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posted by Author at 21:15| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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