2007年12月06日

「教育再生会議」の現在(いま)

安倍政権は終わったが、「教育再生」は為されたのだろうか。

教育再生会議、骨抜き状態 福田政権後失速 「何も決まらない」委員ら怒り

 今月中の第3次報告とりまとめを目指す政府の教育再生会議が迷走している。議論が佳境を迎えているが、あまり成果はあがっておらず、「会議は結局何もやらない」と不満を爆発させる委員も出てきた。最大の目玉とされた「徳育」の教科化にも暗雲が垂れ込めており、安倍前政権の金看板だった教育再生への取り組みは福田政権への移行後、失速を余儀なくされているようだ。

 「これじゃあー、何も変わらないということですね」

 教育再生会議の委員である渡辺美樹ワタミ社長は3日、第3次報告の中間素案を項目ごとに議論した合同分科会で、「検討」「配慮」「留意」といった“役所用語”ばかりが飛び交う会議にさじを投げたかのように捨てぜりふを吐いた。「口には出さないが、何も決められない再生会議の現状に疑問を抱いている」と別の委員も打ち明ける。

 昨年10月、安倍晋三前首相が鳴り物入りで発足させた教育再生会議だが、議論は停滞気味だ。

 たとえば、道徳の時間にかわる「徳育」の教科化の議論は暗礁に乗り上げている。徳育については、これまで他の教科のような点数での評価にはなじまないとされていたものの、「記述式など他の評価の方式を検討する」という議論もあった。しかし、それもいつの間にか消えてしまい、3日の分科会後の記者会見では、池田守男座長代理は、徳育が教科化された際には「(生徒ごとに)評価はしないほうがいい」との見解を示した。これでは、教科化する意味がないとも言える。

 「生みの親」である安倍前首相が就任前から提唱していた、児童・生徒が自由に学校を選択し、その数に応じて学校に予算配分する「教育バウチャー制度」も骨抜きにされそうだ。3日の合同分科会では賛否両論が渦巻き、方向性を出すことはできなかった。

 6・3・3・4制の見直しについても議論が煮詰まらない。渡辺氏は分科会後、記者団に対して「抜本的に学制を見直すと言っておきながら、どうやってやるのか」と怒りをぶちまけた。

 議論が具体化しないのは委員同士の意見の食い違いが直接的な原因だが、福田首相の意欲を問題にする委員もいる。実際に、福田首相は再生会議が再スタートした10月23日の総会には出席したが、その後6回開かれた合同分科会には一度も顔を出していない。ある委員は「安倍さんが辞めたんだから。今この会議をやっているのはおかしい。もう終わっていい会議だ」と吐き捨てた。

(5日、産経新聞)

政治家になって以来、安倍晋三前首相が熱心に取り組んでいたテーマがある。
一つは「北朝鮮拉致被害者問題」。もう一つは、「教育再生」だ。
安倍氏は首相時代、「拉致問題担当首相補佐官」に中山恭子氏(現・自民党参院議員)、「教育再生担当首相補佐官」に山谷えり子参院議員を任命した。

「教育再生会議」は、安倍氏の「教育再生」の志を具現化するための首相諮問機関として、鳴り物入りで始動した。
しかし、今年7月の参院選で安倍自民党が大敗。さらには9月、安倍氏は電撃辞任したことによって、安倍氏もろとも「教育再生会議」はその“政治的使命”を終えた。
福田康夫首相は「教育再生会議」の存置を決定したものの、福田氏からは安倍氏のような「教育再生」に対する強い意気込みは感じられない。
よって、「教育再生会議」は現在、その存在理由を失っている。

私は、「教育再生会議」が設置されたことに半分期待、半分心配の念を抱いてきた。
「道徳」の教科化や、小学校から大学までの「6・3・3・4制」見直しなどについては、私は積極的に賛同する。
反面、「ゆとり教育」是正による詰め込み教育再始動や、「徴農制」導入、「教育バウチャー制」導入などの提言には強い不快感を感じてきた。

これでは「教育再生」ではなく、「教育の民営化」である。「小さな政府」作りを訴えることは結構なことだが、「小さな教育」が形成されてしまってはいけないのではないか。
そもそも「教育」こそ、政府がしっかりと取り組むべき課題ではないのか。それを完全競争市場に放り込むことで生まれるものは、はたして「再生」された教育なのだろうか。私は強い疑念を抱いている。

先日も、OECD加盟国において、日本の高校生の学力が低下したとの調査結果が発表されたが、私はこの調査結果を歓迎する。
この手の調査を米国で行うと、必ず米国は低位に位置する。しかしながら、米国からは多様な学者やアーティストが生まれているではないか。
第一、勉強は「やればやるだけできるようになる」ものであるし、懸念すべきは日本の調査結果が悪かったことではなく、青少年たちが「教育」「学ぶこと」を楽しめているか否かということだろう。

「勉強ができる人ランキング」「模範解答ができる人ランキング」などに意味はない。
真に大切なのは、自国を愛し、たしかな知性と胆力を持って、日本のこれからを明るいものへと切り拓いていこうとする心意気を、青少年たちに抱かせることではないだろうか。
そして、そういう日本国民を形成することこそが「教育再生」なのであり、「徴農制」や「教育バウチャー制」からは「教育再生」は為し得ないと思う。

――余談になるが、安倍氏といえば、総理在任中は「再チャレンジ」政策を訴えていた。
私はまさに「再チャレンジ」の好例を知っている。そして、それは安倍氏自らが行ったものだ。
どういうことかというと、安倍氏による山谷えり子氏の「再チャレンジ」化である。

産経グループの女性誌編集長出身の山谷氏は、もともとは民主党衆院議員だったが、2002年に保守新党(与党)の結成に参加。
2003年11月の総選挙では、東京4区から出馬したが、東京4区は山谷氏のもともとの地盤ではない。東京4区には、すでに中西一善衆院議員(当時)という自民党公認候補がおり、「1つの議席を争い与党候補同士が戦う」という奇妙な構図となった。
結果、山谷氏は落選。保守新党も、自民党に吸収される形で消滅した。
ところが、翌年(2004年)の参院選比例代表に、山谷氏は森派(現・町村派)系候補として出馬、当選した。
一時は「政界引退」に追い込まれた山谷氏だが、安倍氏によって首相補佐官にまで抜擢された。これを「再チャレンジ成功」といわずして、何と言おう。


余談が少し長くなってしまったが、安倍政権下だからこそ誕生した「教育再生会議」は、今や存在する理由を失っている。
「教育再生」の頓挫は、「戦後レジームからの脱却」の頓挫をも意味する。つまりこれで、日教組支配、左翼系教育は今後ともはびこり続けることになる。

今年の参院選を前に、安倍自民党は『あきれた教育現場の実態』という小さなパンフレットを作成したが、福田自民党において、それらはすべて過去の産物となってしまった。
私の口からは、「教育再生会議」の提言がすべて正しかったとは言えない。しかし、この国に「教育再生」が必要であることは、事実ではないだろうか。


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posted by Author at 12:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治・政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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